佳秋

 

 

 

 

 きっと秋になれば終わると思っていた関係も、いつまで経っても色褪せない思い出も、永遠に戻らないと思っていたこの場所さえも、拭えていないと思っていた汚名も、私をずっと締め付ける。サヨウナラと言って飛び出した家を、夜中一人で泣いていた公園を、全く美しいとは思わない坂の上から見える夕焼けを、私は今更ながら懐かしむ。

 誰かと一緒にいるのが、私を評価する一つの要因だったのは、いつからだっただろう。それは今や私を貶める要因でしかなくなってしまった。しかし、私が望んでもいないのに、勝手に評価して、勝手に落胆するのはひどく言い掛かり過ぎると思う。特に私は自分通りに生きているつもりだ。それがつもりではなくなったのは恐らくあの頃に違いない。

 

 私が輝かしい人生を、順調に送っていたのはまず間違いなく高校時代だ。いつでも若さを理由に出来て、いつでも好き勝手出来て、いつでも親に年上に歯向かって、それでいて都合の良い時は泣いて許しを乞う人間を、今となっては好きになれない。勿論当時にそんな私を好きでいた人がいるとは思わないけれど、やっぱり思い出せばいつでも簡単に思い出せるのは、彼女の呪いなのだろうか。それは今でもわからない。

 けれど私はいつまでも彼女のことを忘れられない。一度好きになった相手を私は永遠に憎めない。例え彼女が原因で私が成り下がったとしても──いや、それは空嘘だ。彼女は全く悪くない。信じた私がバカだったからだ。

 だが一度は怨んだ、憎んだ、殺そうかとも思った。それはまるで彼女を好きだった私を否定しているようで厭になる。

 だが一度は居なくなって仕舞えば良いとも思った。それはまるで私が必要だと、私自身が思っているようで厭になる。

 だが一度は思いたかった。そんな自分もいても良いのだと、せめて彼女に口から聞きたかった。「あなたが必要だよ」とか「あなたがいて欲しかった」とか、優しい甘い声で、その天使のような髪を靡かせながら、私の耳元で囁いて欲しかった。きっともうそれは男のものになっているだろうけれど。

 あなたを思い続けていたのは私だけだった。それを知った時は今すぐでも穴に入って、その穴がずっとしたまで続いて永遠に続いていてほしいほど深ければ良いのにと思った。事に幸だったのはそれが卒業する二ヶ月前だった事。こんなことが心の拠り所だなんて思いたくなかった。今まではあなたがその役目だったったのに。もうあなたの膝の上でゆっくりと呼吸をして、頭を撫でて、優しい励ましの声を掛けてはもらえない。そう思っただけで足が動かなくなる。地に根が張ったように、きっと行ったら歯止めが効かなくなるから、私自身が私を縛った。それが今の結果だ。

 

 秋になったらこの場所に来てしまう。それは彼女との一番思い出深い季節だからか、単純に彼女と私の好きな季節だからか。秋風がブランコを揺らして、子供たちが寒い中はしゃいでいる。私は近くにある自動販売機へ歩いて、おしるこを買う。この飲み物も彼女との思い出で溢れている。やはり来るんじゃなかったと後悔するが、飲めば一気に思い出が蘇る。何だか体が暖かい。

 空が茜色に染まる。風が吹いて、木々が揺れ動く。

 私が被っていた汚名は、とうの昔に消え去っているだろうけれど、それを忘れるのには時間がかかる。こうして地元に赴けばその汚名と共に、思い出がコップに溜まる。溜まって溜まって、次第に溢れて、それからはもうだれも止められない。

 空は雲はなくて、綺麗な夕焼けなのに雨が降る。狐の嫁入りは聞いていないので、傘を持っていない。どうしようもなくて、諦めて濡れる事にする。どうしようもなくて、不甲斐ない私だ。

 失敗や汚名はずっと色褪せない。思い出だって色褪せないし、忘れたり出来ない。それが大切でなくたって、大切なものだとしても、どうしても懐かしいと思ってしまう。どうしようもなくて、不甲斐ない私だ。

 好きだった事実を蔑ろには出来ない。それは私の性分でもあるし、本気だったというのもある。けれどもそれは一方通行で、決して叶うことのない淡い恋心だった。どうしようもなくて、不甲斐ない私だ。

 秋風が立って、私は蕭颯たる風の中思い耽る。

 

 ──どこからか金木犀の匂いがする。